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「考えない」工事中の桜

齊藤の日常/齊藤元彦

2010.01.30

今日はいつもと違って長文に挑戦です。風邪を引いて寝ているので・・・

私が読んでいる雑誌に「考える人」というのがあるのですが、この雑誌の連載のひとつに「考えない」というのがあります。日常の中に潜む「考えない」行為のエッセイなんですが 結構好きなんです。そんなエッセイに挑戦↓


近所の道路の中に桜が植わっている。そう 文字通り道路の中。この桜 なかなか立派で 私も毎春 この桜に楽しませていただいている。それにしても 何だって道路の中に 桜が植わっているのか、引っ越してきた当初から不思議であった。道路の中なのだから 市道なら市役所だし 県道なら県庁といった具合で どこかの行政が管理をしているに違いない。
推測にすぎないが 道路の境界が確定する前からそこに桜があったとか、建物のセットバック(建築基準法)で私有地にあった桜がそのまま残されたか といった類の理由があるのだろう。まあ その理由は今回は重要でない。

通常であらば 道路境界が確定した段階でこのような木は伐採される事がおおい。でもこの桜は残った。伐採の話がでたに違いないが 道路幅を広くすると車がスピードを出して危険だからとか 昔から近隣に大切にされている木だからとか そんな理由で残されたのだろう。でもどちらかと言うと後者であろう。車のスピード抑止のためだけなら 毛虫が出たり、落ち葉の掃除や剪定の手間が必要だったりの手間やお金がかかる樹木よりも 道路看板を立てればいい。そうせずに桜を残すほうを選んだ行政もなかなか粋なところがある。道行く人々を楽しませるほうに重点をおいたのだ。

で、この道路の中の桜 実は2本ある。正確には 樹齢何十年の立派な桜が2本あったのだが そのうちの一本がダメになってしまい。昨年植え替えられたのだ。だから 一本は桜の大木 もう一本は桜の苗木。この植え替えの方法に「考えない」が垣間見える。

桜がダメになってしまったから この際、道路看板をという選択肢もあったのに 管轄行政はまた桜を植えた。そこはすごくありがたい。それなのに このポールは何だろう???まるで工事現場。そこにマンホールがあって いまにも工事のおじさんが出てきそうではないか。なぜこのような方法になってしまうのだ?
「道行く人を楽しませよう」→「だから桜を残そう」→「苗木だから暗いと見えない」→「車に轢かれたり 踏まれたりしてしまう」→「保護柵をつけよう」→「夜も見えるように反射板も必要だ」 →「一番目立つ方法で もって行かれたりしないように」→「完璧な保護柵が出来た」
その結果「道行く人が興ざめしてしまう」ような保護柵が出来てしまった。ああ もったいない

最初の目的はどこかいってしまい 保護柵をつくる が目的化してしまった。
思考しているうちに 微妙に最初の目的からずれていき 最後に違うものになってしまう。
ここで「あれ?そもそもなんで桜植えるんだっけ?」と誰か考えなかったのだろうか
考えなかったのだろう 気づかぬうちに出来上がっている物なのだろう。

しかし 私の娘はこのポールで遊ぶの好きだ。体重をかけるとクリンクリン曲がるのが面白いらしい。
なるほど こんな楽しみ方があるなら まあいいかと 私の思考もいい加減なものだ。
「考えない」と「まあいいか」はおそろしい。おもしろくもあるが

さて 私も設計をしていて いつの間にか 何が目的だったのか忘れることがある。
「〇〇」→「〇〇」→ を重ねているうちに最初の目的からかけ離れたところにいるのにいる事に気づき 「ふ~ あぶない あぶない」と元に戻る。
でも 全部 気づけているかなあ?

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